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逃避の果て

2011.04.02 23:51|短編小説
内容:ヤンデレ妹


「久しぶりだね、お兄ちゃん」
「えっ……」

 凍えるような寒さを振り切り、マンションのエントランスへと入った俺を待っていたのは、およそそこには居る筈のない人物だった。

「元気にしてた?」
「…………」

 愕然として声が出せない。なんだってこいつがここに居るのか。
 実家を出て、県外の大学に通い始めてもう十ヶ月になる。
 その間一度も帰省してはいなかったから、妹であるこの雨瀬潤葉(あませうるは)と会うのも十ヶ月ぶりだ。
 いや、そもそもこいつに会いたくなかったから、実家へ帰ることはしなかったっていうのに、何で……。

「? どうかしたの?」
「…………何で、こっちに来たんだ」
「聞いてないの? 私、この近くの大学を受験するの。明日が入試だから、今日お兄ちゃんのところに泊まりに来たんだよ。」
「受験……」

 ここから近い大学といえば、俺が通っている大学と、それとは別にあるもう一校。
 時間にしてほんの十・二十分ほどではあるが、このマンションからの距離はもう一校の方が近い。
 おそらくそちらの大学を受験しに行くのだろう。……取りあえずそこには安心した。
 あいつと同じ大学に通うだなんて、まっぴらごめんだ。

「お父さんから電話なかったの? お父さんとお母さんにはちゃんと泊りに行きたいって伝えたし、お父さんがお兄ちゃんに連絡するって言ってたけど……」
「親父が?」

 潤葉からそう聞いて、ようやく俺は一昨日親父から掛ってきた電話の事を思い出した。

 あれは夕方のことだった。
 夕食の準備に取り掛かろうとしていたときに着信があり、俺は携帯に表示された親父の名前を見て、思わず首を捻った。
 家の両親は放任主義だ。
 それなりの職に就いて働いていて、俺がまだ幼い頃から家には寝に帰っているようなものだった。
 典型的な仕事人間なんだろう。
 そんなものだから、実の子の学業面や、将来のことについてなどですら、こちらから何か言わなければ、あちらから話を振ってくることはほとんどない。
 元より、そんな両親から生まれせいか、俺も潤葉も勉強で躓くことなどありはしなかったが。
 両親のその姿勢は今でも続いている。
 必要があればこちらから連絡を取ったが、一人暮らしを始めて此の方、親父から電話が掛ってくるなど滅多になかったことだ。
 訝しがりながら電話に出ると、親父は挨拶もそこそこに本題に入った。

『爽一(そういち)、お前明後日はマンションの方にいるのか?』
『明後日? 多分居るとは思うけど』

 特に予定があるわけではなかったので、素直にそう答える。

『そうか、じゃあ……ん? ちょっと待ってろ』

 親父はそう言って話を中断した。
 電話口の向こうからは、慌ただしく紙をめくる音や、歩き回る音が聞こえてくる。
 時間帯はまだ夕方。親父の奴、おそらく仕事中に掛けてきたんだ。

『ああ、そっちはこちらに回してくれ…………ともかく爽一、明後日は頼んだぞ』

 それだけ言い残すと、親父は電話を切った。
 余りに要領を得ない会話ではあったが、これが潤葉についての話だったのだろう。
 今思い返してみると、仕事の合間に掛けてきて、仕事が入ればすぐにそちらが優先という、何とも仕事人間な親父らしい、ぞんざいな連絡の仕方だった。

「……話は分かった」

 了解したくはなかったけどな。
 よっぽど、ホテル代でも渡して突き返してやろうかと思ったが、それだけのお金は今手元にないし、そんなことにお金を費やしてしまうのも癪だ。
 俺は渋々潤葉を部屋へと案内した。


「この部屋は大して使ってないから、今日はここで寝てくれ」
「うん、ありがとう」

 妹の案内を終えた俺は、居間のソファーに腰を下ろした。
 実家は家族四人で住むには広すぎる家だったが、ここも学生が一人暮らしをするには少しばかり広い部屋だった。
 ただ、実家が実家なだけに、俺にとってこの部屋はそう違和感のあるものでもなく、しばしば友人を数人招いたり、泊めたりするなどして活用していた。
 それぐらい、使い勝手のいい場所ではある。
 しばらくソファーでぼうっとしていると、潤葉がビニール袋を手に提げて居間にやってきた。

「お兄ちゃん、時間も時間だし、私が夕ご飯作ってあげる。いいかな?」

 潤葉が手に提げているものは、おそらく夕食の材料なのだろう。
 明日が入試だっていうのに、わざわざそんなものを用意してくるとは、随分と余裕なように見える。

「明日入試なんだろ。勉強はいいのかよ」
「ご飯作るぐらいどうってことないよ」
「…………」

 どの道、今日は夕食を準備する気力が全然湧いてこない。

「…………じゃあ、頼む」
「うん! まかせて」

 潤葉そう言うと、嬉々としてキッチンへと向かって行った。
 あいつの料理の腕は、去年まで一緒に暮らしていたので、それなりに理解している。
 任せても何も問題はないだろう。
 今のような会話の流れは、昔から何回も経験していた。
 思えば、あいつは昔から今みたいに俺の世話を焼きたがった。
 両親はほとんど家に居ない為、必然的に家事をやるのは俺と潤葉だけになるのだが、あいつは自ら進んで、俺がやろうとしたことを、俺に代わってこなしていった。
 そうなればこちらが楽を出来るのは当然の事であり、あの頃はそんなあいつに感謝していた。
 ……今となっては、その甲斐甲斐しさが逆に、鬱陶しくてたまらないものになってしまったが。
 そして、その鬱陶しさと同じぐらい、あいつの事が怖くもあった。
 頭をよぎったのは、去年の春休みにあった出来ごと。なんだって今頃俺の下へやって来たのだろうか。
 本当に、単に入試が近くの大学であって、ただで居座ることが出来るからここへ?
 ひょっとしたら、他に何か目的があるのではないのか。
 何だか得体のしれないモノが近くを這いずり回っているようで、あいつが今ここに居ることが、酷く不気味に感じられて仕方がなかった。



「私もう行くから。お昼ご飯は作っておいたから、後で食べといてね」
「…………」

 部屋の外から足音が徐々に遠のいていき、そして、玄関の開閉の音を最後に、辺りは静寂に包まれた。

「はぁ……」

 毛布に包まって寝たふりをしていた俺は、またもう一眠りしようと、寝返りを打った。

 昼頃に目覚めて居間へ行くと、テーブルの上にラップを掛けたオムライスが置いてあった。
 あいつが入試へ行く前に言っていたやつがこれか。椅子に座り、しばらくオムライスを見詰める。
 昨夜の夕食は、俺が予想していた通りの美味しさだった。
 ……美味いものをそのままにしておくのは、流石にもったいないか。
 料理を手に取り、電子レンジに入れる。温め終わったそれをテーブルへ戻し、俺はしぶしぶ手を付け始めた。
 昨日の夕食もそうだったが、あいつが作ったというだけで、美味しい料理を気分よく食べることの出来ない今の状況に、俺は非常にいらいらしていた。
 食事に手を付けながら、昨日見た潤葉の姿を思い返す。
 頭の後ろで束ねた髪、幼い顔つき、服装は、セーラー服の上からコートを羽織っていた。
 私服を着ていないのは、単に荷物を減らす為だろう。
 顔つきに関しては、知的な顔立ちの母さんとは似ても似つかず、親父にも似ていない。
 そもそも、性格自体があの二人とは全く正反対だ。本当にあの二人の子供なのか?
 ……まあいい。何にせよ、あいつは俺が実家を出てから、性格から何から全く変わっていなかった。
 会いたいと思っていたわけではないが、俺としては、何かしらの変化を期待していた。
 変わっていてほしかった……。


「爽一、お前そんなにその妹のこと嫌いなのか?」
「昔はそうでもなかったけど…」

 昼食を食べ終えた俺は、一人暮らしをしている斎木実(さいきみのる)の元を訪れた。
 実は堅い性格ではあるが、身内の話題や愚痴を漏らしても決して口外せず、ちゃんと話を聞いてくれる、友人の内の一人だ。

「何かあったのか?」
「……ああ、去年の春休みにな」

 そうして俺は語った。あいつに対し、嫌悪の情を抱くに至った、過去の出来事を。

 俺と潤葉は昔から仲が良かった。
 それが一体どれくらい昔からなのかは流石に覚えていないが、物心付いたとき、二人が小学生ぐらいのときには、潤葉は俺の後をついて回るようになっていた。
 歳が上がるにつれ、休みの日に一緒に買い物に出掛けたり、遊びに行ったりもした。
 誘ってくるのはもっぱら潤葉からで、俺はほとんど受け身ではあったが、あいつはこちらに用事があるときは素直に引き下がり、俺の都合に合わせてくれた。
 しつこく強要してくることもなかったから、鬱陶しいなんて感じることはなかったし、嫌いだなんて思うはずもなかった。
 あいつ自身、献身的でいい性格をしていて、俺も一緒にいて楽しいと思っていたから、尚更だ。
 だが、そんな関係も、あいつの告白一つで一変してしまった。
 それは、高校卒業後の春休み、三月中旬のこと。
 俺が県外の大学への合格を決め、その大学近くのマンションへ移る為の荷造りを始めた頃、潤葉は唐突に俺への告白を行った。
 俺のことが好きだ、家族としてではなく、異性として、と。
 余りのことに気が動転した俺は、しばらく考える時間をくれと言って、逃げるようにその場を後にした。
 そうして一人になった頃に、ようやく冷静さが戻ってきた。
 そして、冷静になればなるほど、浮かんでくるのは、肉親に対して気を持ってしまった、潤葉への不快感だった。
 近親との恋愛などという、フィクションの世界でしか見ないような、明らかに人として間違った行為を行う人種。
 それが、まさか自分の妹だったなんて……。
 でも、今まで二人暮らしも同然に一緒に暮らしてきて、仲が良かった潤葉のことを、その時の俺は直ぐに嫌いになんてなれなかった。
 もやもやとした気持ちを抱えたまま、四日が経つ。
 その間、俺は出来るだけ潤葉と顔を会わせないように過ごし続け、家の中で会って声を掛けられても、それを無視して直ぐに部屋に閉じこもった。
 あいつになんて返事を返せばいいのか、あいつとどう接すればいいのか、何もかもが分からなかったからだ。
 もう出発の日まで潤葉とは一切喋らずに、このままこの家を後にしようか、とまで考えた。
 しかし、同じ屋根の下で過ごしている以上、そう簡単に物事は上手くいかない。
 あいつが出掛けたのを見計らい、俺はキッチンで素早く夕食を作ってしまおうとしていた。
 だが、調理に対して気を回したのがいけなかったのか、気がつけばすぐ後ろに潤葉が居た。

『ねえ、お兄ちゃん……なんで私のこと無視するの? なんで告白の返事返してくれないの?』

 潤葉は切なそうな顔でそう聞いてきた。
 そんな様子の潤葉にこちらが何も言えないでいると、今度は逼迫した表情で俺の胸に飛び込む。

『私、本当にお兄ちゃんのことが好きなの! 嘘なんかじゃない。私、お兄ちゃんの為なら何でも出来る。どんなことでも、お兄ちゃんが望むなら……ほら、こんなことだって――――』

 潤葉はそう言って、料理を炒めていたフライパンの中に、右手を突っ込んだ。

『う、潤葉!?』
『は……あはははは』

 まるで狂っているかのように笑い出す。

『止めろ! 俺はそんなこと望まない!』

 腕を掴んで、フライパンに突っ込まれた手を強引に引くと、その手は火傷で真っ赤に腫れていた。
 俺は直ぐに水道水を流しっぱなしにして、潤葉の手を冷やす。

『やっぱりお兄ちゃんは優しいね……でも、私は全然苦じゃないよ。お兄ちゃんの為なら、私何でも出来るの』
『分かった! それは分かったから! 返事も明後日返すから、それまで何もしないで待っててくれ……』
『うん、分かった』

 潤葉の狂気じみた行動はそれで終わった。
 だけど、あいつへの好意の気持ちなんて、それから分刻みで無くなっていった。
 あいつのあんな隠れた一面を見て、正気でいられる奴の方がどうにかしてるだろ。
 それからの俺の行動に、もう迷いはなかった。明後日は、奇しくもちょうど県外へ出立する日。
 俺は当日、メールで告白の返事を言う場所と時間を指定し、その場所に潤葉を呼びつけた上で、そのまま会うこともせずに県外へと出発した。
 その後、潤葉の番号は着信拒否にし、メールアドレスは変え、一切の接触を絶った。


「見た感じ、体に目立つような傷はなかったから、あれからあんな真似はやってないんだと思う。まあ、約束すっぽかされた上に、結局返事も何も返してないんだ。あいつだって諦めてるだろ」

 俺がそう言うと、実は呆れたとでも言わんばかりに溜息をついた。

「爽一、妹さんがそんなことやらかしてるんなら尚更、それは何にも言わなかったお前が悪いと思うぞ。だから妹さんもわざわざ受験なんて名目でやって来たんじゃないのか」
「そうかぁ?」

 実の言い分に、何とも釈然としないものを感じてしばらく黙っていると、先に実の方が口を開いた。

「俺が和歌山出身って、お前は知ってるよな?」
「ああ、そういやそうだったな。で、それがどうしたんだよ」
「実家からそう遠くない場所に、道成寺ってお寺があるんだが、その辺りに『安珍・清姫伝説』っていう話が伝わっててな。お前の話を聞いて久しぶりにそれを思い出したんだ」
「へえ。それで、その昔話の内容は?」

 興味本位から話を振ると、実は一頻り考え込んだ。

「……最後にちゃんと話を聞いたのが中学の時だったから、あまり細部までは覚えていないと思うが、それでもいいか?」
「おう」

 そうして、実の昔話は始まった。


「安珍っていう名前の若いお坊さんが、参詣の途中である宿に泊まるんだ。
 その宿の娘が清姫なんだが、清姫は安珍に一目惚れしてな。
 安珍に言い寄るんだが、安珍は身分が身分なだけに彼女とずっと一緒にいてやることは出来ない。
 だから、参詣の帰りにまた寄るって嘘をついて、宿を去ったんだ。
 安珍は当然ながら宿に戻ることはなく、心配した清姫は安珍を追いかけた。
 だが、道行く人々に話を聞いて回る内に、安珍が自分を裏切ったことを知ってしまって、清姫は怒りの形相で安珍を追いかけるんだ。
 ……確か、安珍は一度は追いつかれるんだが、必死に彼女を振り切って道成寺に逃げ込み、寺にある鐘の中に隠れる。
 清姫は安珍を追う内に、その怒りから蛇の化物へと姿を変えた。
 そして、安珍が鐘の中に隠れたことに気付くと、その鐘に巻き付いて、火を吐いて安珍を蒸し殺した……。
 その後、清姫は入水する。これで話は終わりさ」


「…………」
「どうした、爽一?」
「いや、俺とあいつの話を聞いて、何でこの昔話を思い出すのかと思って」
「はぁ?」

 実は怪訝な顔をしている。俺は先程の疑問の内容を実に教えてやった。

「その話、どう聞いたって安珍って坊さんの自業自得じゃないか。俺とそいつじゃ何もかも全然違うよ」

 俺の言葉を聞くと、実はまたしても溜息をついた。

「お前、ちゃんと俺の話聞いてたのか? もっと話の意味を考えてだな……まあいい。とにかく、帰ったら妹さんの説得は絶対するべきだ」
「何を説得するんだよ? どうせあいつだってもう帰るんだから、この話は終わりにしようぜ」

 実は納得のいかない顔をしていたが、こっちもいい加減妹の話ばかりでうんざりしている。
 こちらから話した愚痴だけに、少し申し訳ない気もしたが、俺は話を強引に打ち切らせてもらった。

 マンションへと入り、俺はそこで昨日と同じ光景を見た。

「あ、お兄ちゃん」

 エントランスに居たのは、潤葉。昨日と同じ制服姿で、手には学生鞄とビニール袋を持っている。
 唯一違うところといえば、旅行鞄を背負っていないことぐらいだろう。

「お前……受験はいつぐらいに終わったんだ?」
「えっと、お昼過ぎには……。で、でも帰りに買い物してきたから、そんなに待ってたわけじゃないよ!」

 こいつがそう言うってことは、待っていたということなのだろう。
 今が一八時だから、一四時ぐらいに終わっていたとして、それから買い物に時間を費やしても、三時間。
 そうでなければ、優に三・四時間はここで待っていたことになる。
 いくら嫌っている相手とはいえ、流石にこれは潤葉のスケジュールを顧みなかった俺が悪い。
 心の中に、少しばかりの罪悪感が芽生えた。

「……すまん」
「わ、私がちゃんといつぐらいに帰るか言ってなかったのが悪いんだよ。お兄ちゃんは気にしないで」

 俺の非を、自らの非だと言い張る。ホントにこいつは、去年までと全く変わってはいなかった。

 相も変わらずな、妙な気分での夕食を終える。俺はそのまま居間に残り、テレビを眺めていた。
 バラエティー番組が流れ、時折笑い声がどっと起きているが、その内容は全く頭に入ってこない。
 夕食後、潤葉は食器の片付け自ら申し出た。水道から水の流れる音が聞こえてくるので、まだ終わっていないのだろう。
 そうしてしばらくぼうっとしていると、気付けば番組がバラエティーからニュース番組に移り変わっていた。
 寝てはいなかったと思うが、どうやら大分時間が経っていたようだ。眠気もあるし、もう寝よう。
 そう思い、椅子から立ち上がろうとしたとき、ようやく俺は潤葉が前の席に座り、こちらを見詰めていたことに気が付いた。
潤葉の表情は真剣なもので、それはこいつが、ここに来て初めて見せたものだ。

「お兄ちゃん……何であの日、来てくれなかったの?」

 それは、こいつの口から一番聞きたくなかった問いかけ。

「ねえ、どうして?」

 先程の表情と同様、ここに来て初めて見せられた、潤葉の醸し出す粘着質な雰囲気に、言葉が詰まる。

「もしかして、恥ずかしかったからかな? お兄ちゃん、ちょっとシャイなところがあるもんね。
 それとも、話が急すぎたから? そうだよね、実家を出る少し前だったし、そんないきなり話を切り出されても困るよね。
 でも、私は全然大丈夫だよ。ちょっと離れ離れになるぐらいどうってことないから。
 それに、大学に合格すれば私も……。」

 潤葉は席を立つと、大した距離もない俺との間を、徐々に詰めてくる。

「告白の返事、私はいつでも待ってるから。でも、別に今でもいいんだよ、今でも――」
「返事なんてっ!」

 声を荒げて、潤葉の言葉を遮る。しかし、その後出てきた言葉までは、その気力は続かなかった。

「……返事なんて、あの日お前のことを置いていった時点で、それがどういう意味かなんて分かるだろ……」

 その場を沈黙が支配する。潤葉は急に無表情になると、ぞっとするような冷たい目をこちらに向け、そして言い放った。

「……そう。でも私は、絶対に諦めないから」
「…………」

 一体、こいつにはどれだけ俺に見せたことのない一面があるのだろうか。
 先程潤葉が見せたものは、実家のキッチンで見た狂った面持ちとも、また別のものだった。
 普段の性格からは推し量れない潤葉の表情と雰囲気に、俺は何も言い返すことが出来ない。

「それじゃあおやすみ、お兄ちゃん」

 それを最後の言葉に、潤葉は居間を後にする。その場に残ったのは、あいつに対する恐怖の念だけ。
 ふと、今日実と交わした会話を思い出した。実の言っていたことは、間違っていなかった。
 これから俺は、どうすればいいんだろう……。
 しかし、そんな俺の心配を余所に、潤葉は翌日、朝一番に実家へと帰っていった。
 その時の潤葉は、一昨日会ったときと同じの、俺の知っている潤葉だった。
 正直、この潤葉の行動にはかなりほっとした。こちらの恐怖を煽るような言葉に、昨日は全く眠れなかったぐらいだ。
 でも、帰ってしまうのならば全く問題はない。この場に居ない人間には、何をすることも出来ないんだ。
 俺はこのとき、余りの安堵にとある事実を失念していた。潤葉がわざわざ泊りがけで、ここに何をしに来ていたのかを。



「くそっ!」

 たった今通話の切れた携帯電話を、ベッドに向けて思いっ切り投げつける。
 今は三月だ。大学はとっくに春休みに突入していて、俺もその長期休暇に浮かれていた。
 だが、先程の親父からの電話は、そんな浮ついた気分をぶち壊すには十分な内容のものだった。


『潤葉がお前が通う大学に合格してな。お前のところに住まわせることになった』
『潤葉が……俺のところに……?』

 俺は耳を疑った。あいつがここに住む? いや、そもそもあいつは俺と同じ大学を受験したのか?
 あの時何食わぬ顔で、あいつは俺に思わせぶりなことを言っていたということなのか……。

『ああ、潤葉の要望でな。別にもう一部屋取るぐらいのお金の余裕はあるんだが、そこはお前一人住むにはちょっと広いだろ。
 潤葉は私や母さんに代わって家のことを全部こなしてきたからな。お前の助けにもなるだろう。
 明後日には引っ越しの業者と一緒に潤葉が来る。後のことは頼んだぞ』

 伝えるだけ伝えると、親父は電話を切った。それは、以前の電話の時と全く同じやり口。
 しかし、以前のように簡単には頷けない。
 あいつと一緒の大学に通う。それが嫌だってのもあるが、それだけじゃない。
 親父や母さんが仕事人間で、子供に関心がないのは前々から分かっていたことだ。
 でも、今回のことに関してだけは、憤らずにはいられなかった。
 ここに住まわせるんなら、なんでこちらの了承を先に取らない?
 そうでなくとも、こちらの言い分ぐらい普通聞くものだろう。
 この一方的すぎるやり方は、親といえど流石に許せないものだ。
 ……でも、既に決定してしまったことに腹を立立ても仕方がない。
 そもそも、俺だってここに住まわせてもらっている身だ。文句を言う資格なんて無い。
 それよりも、今問題にすべきは、あいつと二人暮らしをしなくてはならなくなったことだ。

「一体どうすりゃいいんだよ……」



 明後日。潤葉の引っ越しは順調に終わった。
 家具や荷物は全て業者の人が運んでくれたから、俺は荷解きを手伝ったくらいだ。

『びっくりした? 私がお兄ちゃんと同じ大学受験してたこと。お兄ちゃんのこと驚かそうと思って、はっきりと言ってなかったんだよ』

 会うなり潤葉に言われたことがこれだ。
 こちらは驚くどころか、背筋が寒くなったっていうのに、当人は満面の笑みを浮かべていた。
 潤葉の様子は、一月に会っときとそう変わっていない。そのことに対し、多少安堵しつつも、しかし、

『でも私は、絶対に諦めないから』

 あの一言が胸に突き刺さり、不安を完璧に拭い去ることが出来ない。
 あれ以来、実とは潤葉の話は一切していない。だけど、あいつの考えは的を射ていた。
 ここで相談するのも止む無し、というものだろう。
 俺は手早く潤葉と二人暮らしする旨をメールで実に知らせ、直ぐにベッドに入った。

 時刻は午前一時。潤葉が隣の部屋に居るせいか、こんな時間になっても中々眠りに就くことが出来ない。
 時計を見ては目を閉じ、しばらくしてまた時計を見ては、また目を閉じるの繰り返し。
 それを何回も続けるうちに、ようやく眠気がきた。待ち望んだ眠りの始まりに、心が安らぐ。
 そして、そんな微睡みの中、俺はドアが軋むような音を聞いた気がした。
 独りでに開いてしまうような、締まりの緩いドアだったっけか?
 そんな事を思いながら、億劫に目を開けた俺は、その瞬間、戦慄した。

 部屋の入口に、潤葉が立っていたのだ。


「!?」

 慌ててベッドから飛び起きる。

「お、お前、今何時だと思ってるんだ!?」
「起こしちゃった? ごめんね。でも私、お兄ちゃんが隣にいると思うと全然眠れなくて……」
「俺の部屋だぞ! 勝手に入ってくるな!」
「別にいいでしょ、これくらい」
「良くない!」

 潤葉は俺の言葉を聞くことなく、徐々に歩み寄ってくる。
 まるで愉悦に浸っているかの如く、その表情には不気味な笑みが浮かんでいた。
 これは、本当に何をされるか分かったものじゃない。
 俺は歩み寄ってくる潤葉を突き飛ばし、開け放したドアから強引に部屋の外へと追い出した。

「きゃっ」

 そして、そのまま鍵をかける。

「っ、お兄ちゃん、開けて!」

 潤葉の声を徹底的に無視する。そうして十分は経った頃に、ようやく潤葉は自分の部屋へと戻っていった。
 親から与えられ、それに対して何も思わず当たり前のように使っていたこの住まいだけれど、ちゃんと鍵が掛かるこの部屋に対して、皮肉にも俺は初めて感謝をした。


 翌日。特に予定もなかった俺は、極力潤葉と顔を会わせないよう、ずっと自室に引きこもっていた。
 昨日の今日だ。日が昇っているとはいえ、それが安心の材料にはとてもじゃないが成りえない。
 そうやって昼が過ぎ、空が赤味を帯び始める夕方になって、ドアを控えめにノックする音が聞こえてきた。

「……お兄ちゃん、昨日はごめん。私、どうかしてたみたい。お詫びに夕飯作ったの。一緒に食べよ? お兄ちゃん、朝から何も食べてないでしょ?」

 潤葉の声音は、こちらを心配しているときのものだ。
 それだけで判断するのもどうかと思ったが、こちらの腹が減っているのも確か。
 どの道、ずっと引きこもっているわけにもいかないのだ。背に腹は代えられない。
 ここは思い切って出ていくことにしよう。
 部屋を出ると、すぐ傍に潤葉が居た。

「お兄ちゃん……」
「……飯、作ったんだろ」
「あ、うん。早く食べよ」

 それは、俺の知っている潤葉だった。
 テーブルに着くと、そこには二人分の食事が用意されていた。
 ペペロンチーノに、サラダ、そしてお茶。妹の作ったそれは、やはりいつも通りの美味しそうな料理だ。
 だが、いざ料理を目の前にすると、自分でも不思議なぐらいに疑念が湧いてくる。
 潤葉の態度も演技で、もしかして、何か変な薬でも入っているのではないか?

「いただきます」

 潤葉は先にそう言って、フォークを握る。
 しかし、食事には一向に手を付けず、こちらの反応を窺ってばかりいる。
 流石に、こいつのこんな反応を見れば、疑わざるを得ない。

「何でずっとこっちを見てるんだ?」
「え、えっと……」
「もしかして、この俺の皿に乗ってる料理……毒でも入ってるんじゃないだろうな?」
「!?」

 潤葉の握っているフォークが皿に触れ、かちゃりという音を立てる。
 その音は、妙な虚しさを孕み、室内に響いた。

「そ、そんなわけ――」
「じゃあお前の料理と俺の料理、交換しようぜ。何にも入ってないなら別にいいよな」

 俺は手早く料理を皿ごと入れ替えた。

「おっと、これもだな」

 そして、最後にお茶も入れ替える。潤葉は俯いて、食事に手を付けようとはしない。

「自分が作った料理だ。遠慮はいらないだろ」
「そう……だね」

 そう言って、潤葉はようやくちょぼちょぼと料理を口に運び始めた。
 しかし、三・四口食べても、その様子に特に変わったところは見当たらない。
 杞憂だったのだろうか。まあ、何にしてもこれで俺も安心して食事を始めることが出来る。
 今日は何も食べていない。こちらの空腹も限界だ。
 俺もようやく料理に手を付け、それからは無言の食事が始まった。
 だが、皿の料理を三分の一ほど食べた時点で、潤葉の様子がおかしいことに気が付いた。

「――――くっ――――――ふ――――ふ――――――」

 明らかに食事とは関係の無い音を聞き、音源に目を向ければ、そこには俯いて体を震わせ、押し殺したような声を出す、潤葉の姿があった。
 本当に毒が盛ってあったのか!?
 そう思って立ちあがろうとし、直ぐにそれが間違いなのだと気付く。

「くくっ……ふふふ…………くふふ」

 それは噛み殺した……笑い声。
 がちゃり、という音が部屋に響く。気付けば、手にしていたフォークが皿へと滑り落ちていた。
 そして、体から力が抜けていくような感覚に襲われ、抗い様もなく、顔が料理の残る皿へと突っ込んでいた。
 何を考える暇もない。最後に潤葉の歪んだ笑みが視界に入り、目の前が真っ暗になった。


 ぼんやりとした意識の中、最初に目に入ってきたのは、無地の壁……いや、しばらくして、それが天井だということに気付く。
 どうやら寝ていたようだ。背中の方の感触が柔らかいから、ここはベッドの上なのだろう。
 目だけで周りを見回す。部屋の造りは見慣れたものだが、家具や小物などは俺のものではない。
 ……ああ、ここは潤葉の部屋なのか。そういえば、荷解きをしたときに見たものばかりだ。
 しかし、何であいつの部屋に俺が…………そうだ! 確かあいつとの食事中に気を失って――――

「!?」

 すぐさま起き上がろうとした俺は、しかし何かに手を引っ張られ、起きることが出来なかった。

「何だこれ……」

 両手が手錠で拘束されていた。
 その手錠の鎖には、更に縄がしっかりと結びつけられていて、縄を辿ればそれはベッドの柵に、これもまたしっかりと結びつけられていた。
 足には枷が嵌めてあり、重りが繋いである。
 この馬鹿みたいな拘束は、どう考えても潤葉が施したもの。あいつは一体、何を考えているんだ……。
 ……しかし、いつまでも頭を抱えていたって仕方がない。幸いにも潤葉は今この部屋に居ない。
 どうにかして、この状況を打開する方法を考えなければ……。
 足枷に鎖で繋がれた重りを、鎖を引いて引きよせる。手に持ってみれば、重りには大した重量がなかった。
 これならば、重りを引きずる、もしくは手で持って逃げれば、総じて足枷については気にする必要はない。
 だが、いかんせん手錠はどうしようもない。
 結ばれている縄も丈夫なもので、手の力だけで解くことが出来るかは、かなり怪しかった。
 縄の長さも大したことはなく、下半身までしかベッドの外には出れない。
 これでは、縄や手錠をどうにかする為の道具を、部屋の中から漁ることも出来ない。
 完璧に、手詰まりだった。

「くそっ、どうにかできねえのかよ!」

 力任せに外そうとするが、手錠はびくともしない。
 そして、そんな為す術のない俺を嘲笑うかの如く、部屋の扉が開かれた。

「あ、起きてたの、お兄ちゃん」

 潤葉は笑顔でそう言いながら、こちらまで来てベッドに腰掛けた。

「お前……」
「そんなに怖い顔しないでよ。……それにしても……ふふ、まさかお兄ちゃんがあんなに簡単に嵌まってくれるなんて、私思わなかったよ」
「何だって?」
「まだ気付いてないの? 私が遅行性の睡眠薬を仕込んだのって、私のお皿の料理だったんだよ」
「なっ……」

 俺が料理を取り換えてしまったばかりに、俺は睡眠薬入りの料理を、気付かずに自ら食べていた……。
 それはつまり、こちらの疑心暗鬼の気持ちを、まんまと潤葉に利用されたってことか……。

「お兄ちゃん……」
「くそっ、触るなっ!」

 拘束された両手を、必死に振り回す。
 しかし潤葉は怯まずに、有ろう事か、台所から持って来たのであろう、包丁を取り出した。

「大丈夫、殺しはしないから」
「ふざけんなっ! それが包丁突きつけられていい理由になるかよ!」
「……お兄ちゃん、余り私を怒らせないで」

 潤葉は低い声音でそう呟くと、俺が振り回す両手を掻い潜って、首筋に包丁の刃を当てた。

「っ……」

 ちくりという、刺すような痛みが首筋に走る。

「ねえ、お兄ちゃん。私が今までのことで、全く怒っていないと思った?」
「怒るだって?」

 それは俺にとって、思い掛けない問い掛けだった。

「そう。ちゃんと返事を貰えないばかりか、騙されて置いていかれたんだよ。私は今でもお兄ちゃんのこと愛してる。でも、同時に憎んでもいるの。去年のあの日から……」
「…………」
「でも、別にいいよ。今日までのことは水に流してあげる」

 潤葉は包丁を放り、俺の頬を撫でる。

「こうやって拘束した今では、お兄ちゃんは私無しでは生きていけない」

 そして今度は、俺の両手を拘束する手錠を、指でなぞった。

「大学が始まるまで、あと二十日かぁ……。ふふ、こんなものが無くても、私無しでは生きていけない体にしてあげる」

 潤葉の顔が近付き……唇を塞いだ。
 ここにきて、俺は全てを諦めた。こいつの前では、俺は最早抗うことは出来ない。
 そして同時に、後悔もした。実が話した昔話に対し、俺は自業自得だと言った。
 実際、安珍は清姫と二人で一緒に過ごすことが出来ないなら、ちゃんと彼女を説得すれば良かったんだ。
 でなくっても、嘘をつく必要なんてなかった。何も言わずに立ち去れば、清姫に余計な希望を持たせずに済んだんだ。
 俺はそのことをようやく理解したけれど、それは最悪なまでに遅かった。
 結局、俺は潤葉を説得出来なかった。いや、しようともしなかった。
 あいつの心情を何一つ知ろうともせず、挙句の果てにこの結果だ。
 俺が自ら言った通りの自業自得で、この今の惨状は、築かれてしまったんだ……。

◇◆◇◆◇◆◇

 季節は夏。
 大学での試験も無事終了し、多くの学生がこの後訪れるであろう夏休みに、心を奮わせているのだろう。
 しかし、そんな中でさえ、俺の気分が晴れることはなかった。
 暗雲たる気持ちを抱えたまま、爽一とその妹が暮らしていたマンションを出て、日の照り付ける外へと足を踏み出す。
 この心情とは裏腹に、空は雲一つない、眩しいばかりの晴れである。
 俺は携帯電話を取り出し、ある一通のメールを開いた。
 それは、随分前に届いた、爽一からの最後のメールだ。

『妹と一緒に住むことになった。詳しい話はまた後で』

 俺がこのメールを読んだのは、それが届いて二日たってからの事だった。
 用事で大学に行ったときに、携帯電話を構内に忘れ、それに気付いたのが次の日。
 その日の内に大学に届け出て、翌日に手元に戻ってきた。
 そして中身をチェックしてみれば、あのメールだ。
 すぐさま電話を掛けるも、爽一が出る気配は一向になく、メールにも返信はなかった。
 直接爽一が住むマンションへ向かいもしたが、インターホンを押しても全く反応がない。
 結局、春休み中には直接会うことは出来ず、それはおろか連絡も一切付かなかった。
 爽一はあれでいて勉強には真面目に取り組み、講義をサボることなど滅多になかった男だ。
 だからこそ、或いは講義には顔を出すのではないかと、一抹の希望に縋り、教室へ赴いたが、数日経っても爽一が現れることはなかった。
 爽一の身に何かあったのではないか。考えないようにしていた不安が、ここにきて大きく膨れ上がった。
 講義が始まって数日経った頃に、俺はマンションの管理人に掛けあって、何とか爽一の部屋を開けてもらった。 だが、そこには爽一と、あいつの妹の姿はなかった。時すでに遅し、だったのだろう。
 監視カメラにもそれらしい人影は映っておらず、両親に話が行った数日後に、二人の失踪届が出された。
 俺は後悔していた。何故爽一が愚痴を言いに家に来たあの時に、あいつを諭さなかったのかと。
 爽一は、言外に行動で妹の想いを断ち切ろうと思ったのだろうが、爽一本人の言葉でちゃんと伝えなければ、彼女の想いを断ち切ることは出来なかった筈だ。
 多少時間は経てども、必ず爽一の口から告白の返事を聞く為に、彼女は会いに来るだろう。
 この話を、俺はちゃんとあいつにしておくべきだった。無論、実行させることもだ。
 今となっては、既に叶わぬこと。しかし、後悔の念が尽きることはない。
 二人が失踪して早四ヶ月。俺はふと思い立ち、あの時爽一に話して聞かせた『安珍・清姫伝説』を調べた。
 頭の中で、少しばかりあやふやになっていた話の内容の、補完程度の結果しかもたらさなかったそれではあるが、思い出した事の内の一つが、妙に頭に残った。
 安珍と清姫は死んだ後に転生し、道成寺を再び訪れて供養を頼み、その後成仏したのだという。
 それでまさかと思い、今日はこのマンションへ赴いた。
 あの二人が再びマンションに戻るか、そうでなくとも、何らかの形で情報が入っているのではないか。
 俺の行動が、二人の失踪という事実を突き止める結果になったおかげか、管理人は素直に情報を教えてくれた。 状況は依然変わらず、二人は見つかっていない、という内容ではあったが……。
 更に管理人の話では、二人の両親の意向で、もうすぐ部屋は引き払ってしまうらしい。
 山奥で男女二人の変死体を発見、等というニュースを見るよりかは、今日聞いた話はましなものではあったが、状況が芳しくないのは明らかだった。
 願わくば、生きている爽一と面と向かって再会したい。
 それが叶わずとも、もうすぐ消されてしまうあいつの痕跡を、しかし俺だけは決して忘れないでいよう。
 マンションを見上げながら、俺はそう心に誓った。
 あの伝説は、ただの昔話ではなく、今という時代にも通用する教訓だったのだ。
 爽一は、その意味するところを理解できなかった。故の、この結果。
 俺が忘れないと誓うのは、そういう意味も含めてである。
 空から降り注ぐ日の光は強さを増し、アスファルトを焦がし続けている。
 陽炎で揺らぐ遠くの景色から、俺はもう一度だけマンションに視線を移した後、依然として変わらない暑さの中、帰途へと足を踏み入れた。




最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
ここからはあとがきです。

本作に出てきた『安珍・清姫伝説』ですが、これは実在するお話です。
今回はこの話をベースに小説を書いてみました。
ちょっとばかし、話との結びつきが弱いかもしれませんが、なんとか読者の方に伝われば、と思います。
今回もヒロインは妹ですが……まあこれは自分の趣味です(ぉ

それでは、こんなところまで読んでいただきありがとうございました。

コメント

No title

面白くて最後までよんでしまいました。

噛み殺したような笑い声をあげるところが非常にぞっとしました。

親が放任主義であることが、物語を円滑に進める一つの要因になっているのですね。設定がうまいです。

情景が
「日の照り付ける外」
「空は雲一つない、眩しいばかりの晴れ」
とあるのに対し、

実の心情が
「俺の気分が晴れることはなかった。」
「暗雲たる気持ち」
と表現されることで、
雲のように不安定でもやもやした心情であることが対比的に強調されているのでしょうか。

陽炎からマンションを観れば、当然視界もゆらいで、もやもやしたものになりますしね。

現象也は小説書きではないので、上に書いたことは間違っているかもしれませんが、こういう文章を書くことができるなんてすごいです(*^ー゚)b

Re: No title

感想ありがとうございます。

> 現象也は小説書きではないので、上に書いたことは間違っているかもしれませんが、こういう文章を書くことができるなんてすごいです(*^ー゚)b

いえいえ、間違ってなんていませんよ。良い読解力をお持ちだと思います。
小説は去年から書き始めたので、自分なんかまだまだですけど、色々と感想を下さりありがとうございます。
これを励みにこれからも頑張ります(^^)
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羽子茉礼志

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